VOL.22 2014年07月17日発 8日間
北京ー西寧ーラサーシガツェーラサー北京

  1日目:7月17日(木) 日本(羽田・関空)→ 北京 → 西寧

4年ぶりに催行した青蔵鉄道旅行。今回は4年前の逆回りである西寧からチベット自治区へ向かう旅程で催行し、12名様の参加を頂戴しました。
関西空港からご出発の2名様、西寧ホテルで合流する1名様以外の9名様と一緒に羽田を出発。予定よりも1時間遅延しました。北京空港では珍しく入国審査場が空いていたのでスムーズに通過しましたが、託送荷物がなかなか出てこなかったため、乗継の国内線に乗り継ぎできないのでは、とハラハラしました。運よく乗継便も遅延していたので、無事全員で搭乗できました。北京空港では関西空港からご出発の2名様と合流です。

予定より1時間遅れての離陸となり、西寧空港到着も1時間遅くなりました。青海省の省都・西寧ではラサ空港まで同行するガイドの梁さんと合流。専用バスで市内に入って行くと、ちょうどイスラム教の断食月(ラマダン)の時期だったため、回族の居住区にあるホテルの周りはこれから夕食を食べる人で賑わっていました。路傍では小さなバザーも開かれていましたが、夜も遅かったため、皆様すぐにチェックインし、ホテル合流の1名様とお顔合わせした後、お部屋に入って行かれました。
  2日目:7月18日(金) 西寧 → 青蔵鉄道

朝ゆっくりめにホテルを出発し、北魏の時代に建設された『北禅寺』へ。街はずれの山麓にある北禅寺は青海省で一番古い宗教建築。山肌に張りつくように建設され、元は仏教寺院でしたが、現在は道教寺院として使われています。階段を上り、中に入ると袈裟ではなく道教の服装に身を包んだ道士の姿がそこここにあり、仏像があるべき場所には道教の神様や仙人が祀られていました。標高が高いため階段一段登るのにも普段より疲労感があり、「頭も痛くないし、息苦しいとも思わないけど、変な感じね」と皆様不思議そうにされていました。

西寧の街を一望できる北禅寺を見学した後はチベット医学・医薬の展示を行っている『蔵医薬文化博物館』へ。ところが辿り着いた博物館ではなかなか駐車場に入れてくれません。おかしいと思い、ガイドの梁さんが先に車を降りて敷地に入ろうとしたところ、普段着の男性に止められてしまいました。何事かと思いきや、運の悪いことにちょうど政府の役人が視察に訪れており、一般人は観覧不可とのこと。男性は私服SPだったのです。しばらく待てば大丈夫かと思い周囲を散策していましたが、他のSPから「しばらくは無理」と言われてしまったため、今回は見学を断念しました。
そのため、代替として『青海省博物館』へ。街の繁華街方面にある青海省博物館に行く途中には梁さんの母校である青海師範大学や日本人が建てたという日本語学校の前などを通りました。

北禅寺 北禅寺 青海省博物館
広大な前庭が市民の憩いの場となっている『青海省博物館』では、青海省の歴史、少数民族についてなどを見学。見学後は近くのレストランで昼食を召し上がっていただきました。好評だったのは、この地域でよく飲まれるという『醪糟湯』というスープ。甘酒に似た飲み物で、この地域の方はよく召し上がるとのこと。日本でも夏の甘酒が体にいいといわれていますが、西寧でも同じような認識のようです。口当たりが柔らかく、ほっとする味がしました。

食後は西寧駅へ。いよいよ世界で一番高い場所を走る『青蔵鉄道』に乗車です。
荷物検査、チケット検査を終え、軟臥利用者専用の待合室へ。広々とした待合室の一角にパーテンションを立てて区切っただけの簡易な待合室の中にはソファが置かれており、硬臥などの利用者とは区別されています。そこに座ったのもつかの間、すぐに乗車時間となりホームへ向かいました。西寧駅のホームは階段の上にありますが、そこまでのエスカレーターもエレベーターもありません。重いスーツケースを抱えて階段を登らなくてはならないのが大変ネックです。中国は今発展していっている国なので、こちらもいずれ他の駅のようにエスカレーターが設置されることを期待しています。
ラサ駅
今回乗車したのは西寧駅14:57発 K917便。軟臥という4人1室のコンパーメント3室をお客様が利用し、添乗員の私は同じ車両の別コンパーメントに江蘇省から来た女性3人組と一緒に利用しました。列車乗車後は基本的にはコンパーメントごとの交流タイム。疲れた方は昼寝をしたり、遠くに見える中国最大の湖・青海湖を観ようとひたすら外の景色を眺めたり、お茶を飲みながらおしゃべりをしたりなどして過ごしました。

列車内にはトイレ、洗面所はもちろん、お茶を飲むのが当たり前の中国人らしく熱湯のでる無料の給湯器が設置されています。車内販売もあり、お菓子やビールなどを買う人の姿も。夕食は食堂車で食べましたが、1回の食事で最大30分しか食堂に留まることが許されないため、とてもせわしなく感じます。特にこの日は大盛況で、予約をしていなければ絶対に食べることができないほど。お弁当もあるのでお弁当を買う人の姿も多く見られました。おおよそ22時頃になると太陽も西の彼方に落ち、どこのコンパーメントも寝る準備にかかります。私も自分のコンパーメントに戻り、布団にもぐりこみました。
  3日目:7月19日(土) 青蔵鉄道 → ラサ
深夜2時頃、同じコンパーメントの中国女性が起きる音で目覚めた私が寝ぼけ眼で外を覗き見ると、満点の星空が広がっていました。西寧を出る頃からずっと曇り空だったのですが、標高が上がり雲の上に出たようです。東京で見るよりも北斗七星が大きく見えました。その後明け方4時頃になると寒さで目が覚めました。太陽が昇るにはだいぶ早い時間なのに窓の外が白々として見え、おかしいなと思い起き上がったところ、外は一面の雪景色。真夏の雪に驚いて外を眺めていると、雪原の中に野生動物がちらほら見えました。

朝になり朝食をとるため皆様のところに向かうと、半数の方が高山病の症状を訴え食べたくないとのこと。青蔵鉄道は酸素は供給されているのですが、飛行機と違い気圧は調整されておりません。そのため、深夜に標高5,000mを超えるタングラ峠を越えたあたりから高地順応できず高山病になる方が出てきてしまいました。

高山病の方でも動ける方は朝食、その後の昼食を召し上がっていただき、列車はいよいよラサへ。雪景色は見えなくなり、線路の両脇には菜の花畑が広がっています。川べりにはルンタ(経文を印刷した五色の旗)がはためき、無人の草原から人の生活の息吹が聞こえる風景へと変化していました。やがてラサ河の畔に出た列車は、遠くポタラ宮を臨みながらカーブを曲がり、巨大なラサ駅へと滑り込みました。

40分ほど遅れて到着した列車を降り、ラサ駅の外へ。チベット入境手続きのため事務所で手続きを終えた後、ラサ現地ガイドの李さんと合流し、バスでホテルに向かいました。この日は高地順応のため特に見学はありません。ホテルに着いた後はあらかじめ連絡しておいたホテルと契約しているお医者様に全員の血中酸素濃度、血圧を測ってもらい、高山病の治療が必要な方は治療を受け、夜はホテルのバイキングで各々夕食を召しあがっていただいた後、早めにお休みいただきました。

  4日目:7月20日(日) ラサ

いよいよ観光です。まずはダライ・ラマの夏の離宮『ノルブリンカ』へ。ホテルからバスで5分かからない場所にあるノルブリンカは、歴代のダライ・ラマが夏場になると普段生活しているポタラ宮を離れて過ごした場所です。広大な敷地は歩いて回ると数時間かかるため、今回は皆様の希望で園内カートを利用。ポイントとなる建物ごとに停車し、色とりどりの花が咲き乱れる各宮殿を巡りました。ラサは海抜が高いため樹木が少なく乾燥していますが、ここは別世界です。プランターに植えられた花はもちろん、竹林、芝生もあり、池には鯉が泳いでいます。鼠退治のためという猫も放し飼いにされています。それらを楽しみながら時間をかけて園内を巡りました。

ノルブリンカ ポタラ宮 八角街(パルコル)

昼食はポタラ宮のすぐ近くでチベット・ネパール料理です。濃い味のトマトスープ、ナンとカレーが皆様に大好評。チベットの餃子・モモは漢族のものとは違いヤクの肉を使っているためクセがあり、好き嫌いがわかれましたが、これがチベット料理、と皆様ひとつずつ召し上がっていました。

午後は世界遺産『ポタラ宮』の見学です。ダライ・ラマが住んでいた場所で、最上部までは100mの高低差があります。夏場のこの時期になると観光客の多さから入場制限を行い、予約の際に入場時刻を決められます。入場にはパスポートの提示を求められ、1人1枚配られるチケットは予約時に旅行社が登録したパスポート番号が印字されていました。チケットのチェックは入場時を含め3回行われ、各チェック場では通過時刻を見られます。第一チェック場から第二チェック場までは10分、など制限が設けられており、それ以内に通過しない場合は次に進めません。一番大変なのは第二チェックから第三チェックまでの間です。九十九折の階段と坂を100m上まで登っていかなくてはならないため、今回は途中で断念する方もいらっしゃったのが残念でした。ポタラ宮の坂の途中からはラサの街が一望できます。遠くにはラサの人々の信仰を一身に集める大昭寺(ジョカン)も見えます。市内は4年前にツアーを催行した時に比べ格段に発展しており、川辺にビルも見えました。
宮殿内の急な階段を上り下りし、薄暗い仏堂を見学した後はポタラ宮の裏側に出ます。下へ下へと続く階段を下りていく頃になると午後の陽射しもきつくなり、汗が流れました。ただ、湿度の低いチベットでは汗をかいてもすぐに乾いてしまいます。紫外線が強いため、暑くてもほとんどの方が長袖を着たまま下山しました。

下山後は、体調がすぐれず入場を見合わせた方や途中下山した方と合流し、バスで大昭寺へ。周囲を八角街(パルコル)に囲まれた『大昭寺(ジョカン)』はチベットの人々にとって一番重要な寺院です。午前中は礼拝の為の時間なので一般観光の方は入れません。そのため、午後になると観光客が殺到し大変な混雑となります。観光の時間になっても礼拝の方は続々と訪れるため、大昭寺の中は常に人でいっぱいです。今回は一階を見学し、二階と屋上には上がらず外に出ました。

大昭寺の周囲はラサの人々の生活雑貨から観光客用のお土産物屋さんまでいろいろなものが集まる『八角街(パルコル)』です。寺院を一周回るようにできており、お堂巡りのように寺院を回って巡礼するチベット族の方の姿も多く見られます。中には大昭寺に向かって五体投地して回る敬虔な信者の姿も。私達は夕食場所となるお土産物屋兼レストランに到着後、通りを散策したい方と休憩したい方に分かれ、1時間ほど自由に過ごしました。

大昭寺(ジョカン)
夕食はチベット鍋です。野菜たっぷりで温かい食事は量も多く、食べきれないほど。かつて青蔵鉄道が通るまでは青物野菜はなかなか手に入らなかったそうですが、今は入手しやすくなり、葉物を食べることも多くなったそうです。それまではヤクや羊の肉、ハダカ麦を主食とした粗食だったとのことでした。食事の途中、レストラン中央に設置された舞台ではチベット舞踊や獅子舞などが披露され、賑やかな音楽に食事の手を止めてカメラのシャッターを切る人も。食後はレストランの屋上に上り、さきほど上らなかった大昭寺の屋上や巡礼者が行きかう八角街を上から眺めました。
  5日目:7月21日(月) ラサ → シガツェ

生憎の曇り空の下、高山病のためラサに留まることを決めた2名様以外の10名様と一緒にチベット第2の都市・シガツェへ。ダライ・ラマと同じくチベットの指導者的地位にあるパンツェン・ラマの本拠地であるシガツェには、南回りルートと北回りルートがあり、この日は南回りルートで向かいました。

まずは聖なる湖『ヤムドゥク湖』へ。標高5,000mを目指し日光いろは坂よりも曲がりくねった山路をひた走ります。天気が悪く霧の中をしばらく走っていましたが、山頂に近づくにつれ霧が晴れ、青空が見え始めました。道路の脇、遙か下にはヤルツァンポ川が見えます。一歩間違えば崖の下に落ちるようなスリリングな山路ですが、きちんと舗装されている上、ベテランの運転手が慎重に運転していましたので心配はありませんでした。やがて本格的に青空が見え始めた頃、私達のバスはヤムドゥク湖を見下ろす駐車場に到着。雲が切れ太陽が顔を見せると、怖いほど深い色をした青空が頭上に広がり、湖畔を今が盛りの菜の花畑で飾った湖は空の色を映して和達たちの目の前に姿を現しました。
酸素が薄く一歩歩くのにも息切れがしますが、皆様ゆっくり歩きながら思い思いに写真を撮影。20分ほどの撮影タイムの後、再びバスに乗り込みシガツェを目指しました。

ヤムドゥク湖 ヤムドゥク湖 シミ・ラ峠

少し標高が下がったところで昼食を食べた後、バスは再び登り始め、やがて氷河を臨むシミ・ラ峠へ。残念ながら曇ってきてしまい、時折雨も降るような天気ではありましたが、なんとか車窓から迫りくる氷河の姿を撮影しました。駐車場がいっぱいだったため停車できずそのまま通り過ぎましたが、しばらく下った場所で遠くに雪山を望める場所があり、いったん停車して景色を楽しみました。

山を下るとそれからは比較的平坦な道をひた走ります。道路脇には目に眩しい黄色の菜の花畑が広がり、空も雲が晴れて青く澄み渡っています。途中、インドとの交易の中継点として栄え、20世紀には侵攻するイギリス軍との戦闘の場ともなった街・ギャンツェを通過。城壁に囲まれたギャンツェ城(ギャンツェ・ゾン)白居寺(パンコル・チューデ)を遠方から眺めました。ギャンツェを過ぎるとあとは一路シガツェです。夕方――とはいっても日没が21時頃のシガツェでは、夕方5時頃はまだ真昼の様相。ラサよりも強烈な太陽光線を眩しく思いながら、まずはシガツェの公安局にて滞在手続きを行い、その後ホテルに入りました。

ギャンツェ城(ギャンツェ・ゾン) 白居寺(パンコル・チューデ)
夕食はホテルのすぐそばにある中華レストランです。シガツェでは都市ガスではなくプロパンガスを使うのが主流。入店前、ガスがなくなったということで店のスタッフが買いに出なくてはならないというハプニングがあったため食事時間が少し遅れましたが、その間は全員でおしゃべりをして一日を振り返り、楽しみました。
  6日目:7月22日(火) シガツェ → ラサ

青空の下、ホテルからバスで5分ほどのタシルンポ寺へ。シガツェの中心的存在である『タシルンポ寺』は巨大なタンカ台を持つ僧院です。青空に白壁や赤壁がよく映えて眩しいくらいでした。タシルンポ寺は全体的に背後の山に向かってなだらかな坂を上るように建てられています。シガツェはラサよりも海抜が高く、標高3,800mを超えるため、なだらかでも坂を上るのは人によっては一苦労。坂を上り、歴代のパンツェン・ラマの霊塔(チョルテン)を祀る各お堂の中には木製の階段があるのですが、それも一歩一歩踏みしめるように登らなくてはなりません。

ここではシガツェの一般市民も巡礼に訪れるため、通路もお堂内も人でいっぱいです。各お堂の入口には鐘が設置されており、それを叩くために立ち止まる人もいるので、列をつくっても遅々として進まない時もあります。中に入ると巨大な仏像や霊塔があり、それを時計回りに回って参拝するのが普通で、そこも人がいっぱい。お経を唱えながら巡礼する地元の方々に交じりつつ各お堂を巡りました。途中、法要が始まってしまったため入れない場所もありましたが、そこはお堂の外に並べられた僧侶の紅い靴などを珍しそうに見たり、外観だけカメラに収めて寺院敷地内を見て回りました。

タシルンポ寺

約1.5時間ほどかけて寺院を見学した後はバスに乗り込みラサへ。街はずれのラサへ続く道を進もうとしたところ、この日は要人訪問の予定があるのか、道路が通行止めになっていました。交通警察の指示で迂回ルートに向かった私達は、舗装されていない道を行くことに。がたがたの道を土埃を巻き上げながら走っていると、後ろに遠ざかっていく街並みの中、山の麓のあたりにポタラ宮に似た建物が見えました。今はもう廃墟となっているシガツェ城(シガツェ・ゾン)です。街全体を見渡せるようなその姿に別れを告げ、私達は一路ラサを目指しました。

この日のルートは北回りルート。ヤルツァンポ河の畔を一路ラサに向かって進んで行きます。普段のヤルツァンポ河はトルコ石の色をした澄んだ美しい川面なのですが、この時期のチベットは雨季にあたるため、連日雨が多く、水は黄河のように濁っていました。

ラサに戻る途中、川べりの村で昼食をとった後、2か所の検問所を通過するとラサ市に入ります。
ラサの郊外ではチベット族の家庭に立ち寄り中を見学させてもらいました。比較的裕福な家庭のようで、二階建ての家屋は立派です。私達は二階に上がり、ヤクの干し肉や乾燥チーズ、ヤクのミルクで作ったラムネのようなお菓子などを食べさせてもらい休憩しました。
チベット族は一般的に一間を仏間にあてるそうで、居間の隣にある8畳ほどの部屋には壁いっぱいに経典を納める棚や仏壇などが置かれていました。家の裏手はキッチンで、太陽光線を集めて調理するパラボラアンテナのような形のコンロがあります。これはチベットの家庭ではよく見られるものだそうです。また、中庭のようなその場所ではこの家のサービスとして民族衣装を着て写真撮影もさせてくれました。半分くらいの方が衣装を纏って写真を撮った後、さきほど食べた乾燥チーズやお菓子などを購入し、家を後にしました。

チベット族の家庭 チベット族の家庭 チベット族の家庭
この日はチベット最後の夜。最初は高山病に苦しみましたが、全員無事に戻れることに感謝しながら食卓を囲みました。
  7日目:7月23日(水) ラサ → 北京

朝の飛行機に乗るため、まだ太陽の登らない時間に起床し朝食を食べて空港へ。この日は朝から小雨が降っており、空港に向かう道はしっとりと濡れていました。比較的最近敷設されたばかりの空港に続く高速道路の両脇を囲む山の峰には雲が低く落ちてきています。まるで仙境の景色のようで神秘的な光景でした。

ラサ市内から1時間ほど離れた場所にある空港では、西寧から一緒だったガイドの梁さんと別れ、次の仕事場に向かうため飛行機に乗るガイドの李さんと一緒に空港内へ。チベットでは鉄道駅も空港もその鉄道便・航空機を使う人ではないと入れません。そのため、梁さんとは空港の外でお別れとなりました。
ラサ空港は中国の他の空港に比べると空いていますが、やはり人が多く手続きに多少時間を取られました。しかし北京→西寧の時に比べるとスムーズに進み、飛行機も30分遅れ程度で離陸しました。

北京到着後は北京地元ガイドの徐さんと合流。ここで離団する方を見送り、次に北京観光を放棄した方をホテルにお送りした後、世界遺産・頤和園に向かいました。
頤和園』は北京の西にある巨大な庭園です。園内の湖は人工的に作られてもので、山もその湖を掘った際に出た土を盛って作られました。この庭園を愛した人物として有名なのは清王朝末期の皇后・西太后です。園内には彼女ゆかりの場所もあり、ガイドの徐さんの説明に従って1.5時間ほどかけて見学しました。

頤和園/長廊 頤和園/石舫
昆明湖から見た頤和園
見学後はバスで移動し、最後の晩餐へ。北京らしく都会的なビルの中にあるレストランの個室で広東料理を召し上がっていただきました。大きな個室に次々の運ばれてくる料理はチベットとは違い多彩です。皆様からはチベット料理も美味しく食べられたけれど、これはこれで別の美味しさね、と大変好評でした。平地に戻ったことでアルコールも解禁となり、冷えたビールを開けて乾杯です。見た目も美しい料理の数々に皆様とても満足されたご様子でした。
  8日目:7月24日(木) 北京 → 日本(羽田・関空)

ホテルの朝食開始時刻よりも早く出発しなくてはいけなかったため、この日の朝食はお弁当です。ホテルが用意してくれたパンや水、果物を持ってホテルを出発すると、道路が空いていたため30分ほどで空港に到着しました。

空港内も空いており、手続きをスムーズに終えるとガイドの徐さんと別れ、出国審査場に向かった後、出発までの時間を皆様それぞれ思い思いに過ごしていただきました。関西空港にお帰りの2名様と別れ、羽田帰国の方は1時間遅れで出国。

無事に日本に到着し、解散となりました。

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