中国旅行添乗員レポート

VOL.26 2016年10月12日発 6日間
成田/上海/蘭州(炳霊寺石窟)/西安/韓城/西安/上海/成田

 今回も東京書学アカデミー蒼溟社会長の矢島峰月先生とお弟子さん達19名でメインテーマである漢代の木簡研究を中心に「甘粛省考古文物研究所」と「甘粛省博物館」をはじめ「炳霊寺石窟」、韓城では「司馬遷祠」、「党家村」、西安では「杜陵秦磚漢瓦博物館」などを訪ねました。

1日目:10/12(水) 成田 → 上海 → 蘭州
成田空港よりMU272便はほほ定刻に離陸し予定より少し早めの13:10分に上海浦東国際空港に到着しました。入国審査を経て3階の国内線出発ターミナルへ移動。荷物は到着地蘭州空港で受け取るので楽です。FM9221便にて定刻の20:15分に蘭州空港に着きました。近くのイスラムレストランで軽く「蘭州焼きそば」を食べてホテルに直行!23時前に到着。

2日目:10/13(木) 蘭州
蘭州は海抜1520m、朝は白い息がでます。午前は「甘粛省考古文物研究所」を訪ねお目当ての木簡を見ます。ここは国内外の研究者交流のセンターになっており一般観光団体の受入はしていません。特別展示の会議室に通されました。入ったとたんその展示数の多さに圧倒され、皆興奮気味です。「居延新簡」、「敦煌漢簡」、「懸泉漢簡」などなど国宝級のものが200点近く。ガラス蓋の箱にきちんと保管された数々の木簡に皆釘づけになったようでした。馬研究員の説明と峰月先生の話しも織り交ぜながらの見学時間はあっという間にすぎ、最後に馬先生と集合写真を撮り研究所を後にしました。
午後は「炳霊寺石窟」の見学です。バスで約2時間30分、渡し場から11人乗りの高速船で1時間、石窟に到着。総数184窟で唐代を中心に約700体の仏像がありその中でも27mの弥勒仏はシンボル的存在。千数百年の興亡をじっと見つめてきた事でしょう。

3日目:10/14(金) 蘭州 → 西安 → 韓城
午前は「甘粛省博物館」です。ここでのお目当ては何と言っても漢代青銅芸術の最高傑作「馬踏飛燕」のブロンズ像です。天を駆ける馬が飛燕を踏みつけています。その躍動感は疾駆する馬のいななきまで聞こえてくるようです。
蘭州は古代シルクロードの要衝でした。ここには西域の出土文物が余す所なく展示されており当時にタイムスリップしたようです。昼食後、MU2305便にて13:55西安に到着。休憩を入れて韓城まで240kmを4時間かけて走ります。19:30韓城国際大酒店着。

4日目:10/15(土) 韓城
司馬遷を輩出した韓城の歴史はとても古く周代(紀元前1000年頃)まで遡ります。午前は戦国時代の「魏の長城跡」を見学。版築法で築かれ龍亭村の中を貫いています。現存する長さは20km、幅10m。この土くれが紀元前の物とは・・・
午後はかの有名な「司馬遷の祠」です。大役を果たせぬまま病死した父の遺志を継ぎ讒言により悲運に見舞われても真実を後世に残した太子公にただただ合掌です。「党家村」の古代建築群も必見!。黄河の「禹龍門」,治水の神様の偉業が偲ばれます。

5日目:10/16(日) 韓城 → 西安 → 上海
一路240km、西安にある「杜陵秦磚漢瓦博物館」を目指します。中国最大で世界唯一の磚と瓦当の博物館。
小規模な博物館ですが種類と質の高さは必見!写真もOKなので愛好家には垂涎のポイントです。拓本も販売しています。
昼食後、MU2165便にて西安と別れ19:00上海虹橋空港に到着しました。「鮮墻坊」にてお別れディナーです。今宵は大いに食べて、飲んで旅の四方山話に花を咲かせて下さい!

6日目:10/17(月) 上海 → 成田
いよいよ帰国の日です。午前中はホテルから歩いて2分の南京路にある「朶雲軒」でお目当ての文房四宝を、他の店では美味しいお土産を手に入れてくださいね。時間はたっぷりあります。12:00ホテルを出発、「龍亭大酒店」にて飲茶の昼食を済ませいよいよ空港へ。十分余裕を持って出発しましたがこういう時に限って起こるのが事故渋滞。はらはらドキドキしましたが漸く動いてくれました。無事空港に着き待合室で17:15発のMU271便を待っていると今度は遅延との案内。重なる時には重なるものです。約1時間遅れで離陸。予定より1時間弱遅れで21:40に成田到着。早々に流れ解散、皆様ご無事で帰宅される事を祈ります。写真交歓会で再びお会いできる事楽しみにしています。再見!来年の企画もご期待ください!

今回の研修を通して「甘粛省考古文物研究所」で実見できた多量の木簡は書道家でなくても実に圧巻の一言でした。今日知られている文字体系のほとんどは究極的にシュメールか中国のどちらかで発達した文字の子孫であると言われています。
2003年中国河南省舞陽県賈湖村の「賈湖遺跡」(新石器時代)で発見された甲羅に刻まれている16の記号(シンボル)⇒「賈湖契刻文字」は放射性炭素年代測定により紀元前7000年紀と判明したとの事です。中国の文字起源は一体どこまで遡れるのでしょうか?
甲骨文字はどのような歴史を経て今の漢字の起源となったのでしょうか?こう考えると中国文明の奥深さに只驚くばかりです。
世界四大文明の発祥地と言われた国々も現在、中国を除いては当時の文字は消滅し使用していません。
漢字のみが世界では連綿と生き続けておりそれを国字として使用している国は日本と中国だけです。こう思うと日本と中国はやはり隣人として仲良く付き合っていかなければいけないと痛感し、又その架け橋となるのが私たち中国専業旅行社の使命とも思っています。


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