中国旅行添乗員レポート

VOL.29 2017年3月16日発 4日間
羽田/台北/鴬歌/三峡/台北/羽田
台北國父記念館 SUN YAT-SEN MEMORIAL HALL   2017.3.17

 この度は3月15日~27日まで、台北・国父記念館にて開催の「書海社師範展・台北巡回展」参観ツアーに随行させて頂きました。
 書海社は大正10年(1921)に松本芳翠先生が創設された書道団体です。月刊誌「書海」は1,100号を越え、間もなく創立100年を迎えます。先生は大正11年29歳で「東京平和博覧会」書道展で最高賞「金牌」を受賞、昭和初年には「大倉組」嘱託として、横山大観、河合玉堂などと共に研鑽。戦後は「日展」、「書道二十人展」、の重鎮として活躍、その後昭和46年(1971)日本芸術院会員に就任直後、病に倒れご逝去されました。書海社と台湾文墨界との交流は昭和6年(1931)先生が南京を訪れた際、于右任先生と面会できなかった事に起因します。芳翠先生は遺憾の念を留めおきながら戦後も于先生が台湾にてご健在であることを知ります。その後昭和39年(1964)8月に親書を携えた門下の斉藤氏が病床の于先生を見舞い、初めて芳翠先生の積年の思いを知るのですが于先生は惜しくも同年11月にご逝去され、お二人の面会は叶いませんでした。その7年後の昭和46年(1971)12月26日から「日華書法連合展」開催の準備が整っている直前、12月16日芳翠先生は急逝、全てを秘して後継の谷村熹齋先生を名代として予定通りに連合展は台北にて開催され、大反響の中大きな成功を収めました。
                        -- 書海社理事長 谷村雋堂先生寄稿文 引用、編集--
あれから46年の歳月を経て谷村雋堂理事長の下、この度の展覧会が開催されました。  

1日目:3/16(木) 羽田 → 台北
羽田空港よりエバー航空189便にて予定より20分遅れの10:55分に台北松山空港に到着しそのまま「故宮博物院」へ。相変わらずの人混みですが3時間の見学時間でお目当ての「翆玉白菜」、「肉形石」も間近で見学できました。
夕食は人気の「欣葉」にて中華料理。食後はホテルへ、明日の開幕式に備えごゆっくりお休みください。

2日目:3/17(金)
280年の歴史を持つ台北市最古の寺、「龍山寺」を見学。仏教と道教が融合した寺廟です。多くの人で賑わっていました。その後「国立歴史博物館」を訪ねました。46年前、未だ「国父記念館」がなかった時に「日華書法連合展」はここで開催されたとの事です。館内は人混みが無く、静かに名品の数々を鑑賞できました。
午後2時、いよいよ「国父記念館」にて展覧会の開幕です。多くの関係者が参集する中、理事長、台湾関係者のご挨拶、ご祝辞と華やかな中にも厳かに式は進行しました。46年の歳月を経て日台の関係者一同がどれほどこの日を待ち望んでいたかが容易に想像できます。式典終了後は双方の作品鑑賞です。出品作品の前でそれそれの方が写真を撮り、今日の日の喜びが溢れていました。
夜は世界貿易センターにて祝宴会です。本展覧会の一切を裏方から支えた渡邉光章台湾支部長を筆頭に支部の皆様の熱情こもった歌舞の演出に参加者全てが一体となり日本側も合唱でお応えし、忘れえぬ思い出の宴となりました。

3日目:3/18(土)
台北市から約1時間、「鴬歌陶磁器博物館」見学と鴬歌の旧市街を散策しました。ここは台湾最大の陶磁器の街です。
200軒もの窯元や工房があり老街には100軒以上の陶磁器店が軒を連ね内外の観光客で賑わっていました。逸品は見つかりましたか?昼食後は「清水祖師廟」の見学です。250年前に創建され未だ完成していません。その華麗な石彫と色鮮やかな木彫芸術は台湾の「サグラダファミリア」と呼ばれその精緻な彫刻に目が釘付けです。歩いて「民権老街」へ。煉瓦造りのレトロな建物が立ち並ぶ人気スポット。名物店が軒を連ね内外の観光客で溢れんばかりでした。午後の最後は「金龍」での買い物です。皆様十分お買物はできましたか?。広東料理の夕食後は「饒河夜市」の散策です。年末の「アメ横」を思い出しました。

4日目:3/19(日)台北 → 羽田
早いものでもう帰国の日です。台北の象徴「中正記念堂」の見学と衛兵交代式を見学しました。185cm以上で容姿端麗のエリート兵は憧れの的です。その後、台北ではチョット高級なデパート「遠東百貨店」に寄りました。日本に比べお値段はいかがでしたか?昼食は肉そぼろで人気の「阿美飯店」でいただきました。さて、いよいよ空港です。混雑を予想し早めに到着致しました。
帰国便のエバー航空190便は定刻より40分遅れで離陸しましたが、羽田到着は定刻の10分遅れで到着できました。流れ解散ですので遠方の方はお急ぎ無事にご帰宅されますこと心よりお祈りしています。再見!


本展開催の源流は昭和6年(1931)、松本芳翠先生という一人の書家が江南視察旅行の折、南京にて会見が叶わなかった于右任への積年の思いから始まり、初回展より46年という歳月を経て実った事を思うと歴代師匠に対する後継の方々の深く、強い情熱が心に響きました。そして国や体制、歳月を越えた文化、芸術が持つ大きな力を改めて感じた次第です。現在、世界で漢字文化を共有している国は日本と中華文化圏の人々です。この書という漢字芸術を通し、この度の展覧会がより多くの方々に鑑賞され、書海社創立100周年には三たび合同展が開催されることを心から願って止みません。


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